外科医の日常ブログ:臨床留学:移植外科:USMLE:まとめ

日本生まれ日本育ちの外科医です。 移植外科医として2018年からアメリカ中西部に臨床留学中。 初期研修、後期研修、大学院は日本で経験しています。 USMLE、留学日記を中心に、関心のある医療トピック(移植外科、肥満外科、予防医学) 趣味の筋トレ、ダイエット、書評、アプリ紹介など 中心に情報発信していくブログです。

医師が外国で生き残るということ

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Twitterにも書きましたが、この二日間、日本に留学されている先生のアテンドをしていて、色々面白い話をして頂いたので、感じたことを書きます。

 

その先生(P先生ということにします)は東南アジアの出身で、自国の医学部をでて外科医としてのキャリアをスタートさせました。かの国では公立病院の医者の給料が良くないため、私立病院での外来や手術の手伝いに行かなければならず、通常業務に忙殺されていたそうです。(この辺は日本の大学病院勤務医と少し似た環境なんですね。)

 

ー外国で認められるということー

そんな中で外科医としてより研鑽を積むため、中国の大学病院で研修する道を選びます。実はp先生、大学に入るまで中国で生活されていたため、中国語がネイティブレベルに話せます。また、母国では医学教育が英語で行われていたため、英語もペラペラです。つまり、母国語、英語、中国語のトライリンガルなんですね。中国では大学教授の下についてオブザーバーから始まったそうです。ただ、P先生は英語がペラペラな上に論文が書けました。意外と中国の大学病院事情は10ー20年前の日本の事情に似ていて、若手外科医は教授の下で論文を書いて認めてもらい、それから手術をやらせてもらえるようになるそうです。P先生もそれはもう書きまくったそうです。3年で50本くらい(?!)書いたと言っていました。それも1人の教授じゃなく。色んな教授の下について論文をかきまくったと。中国でもP先生くらい英語が堪能で論文の書ける医者は多くないようで、たくさんの論文を書いているうちに見学だけだったものが、助手へ、術者へとステップアップしていきました。そして人口大爆発中の中国、患者はとても多いそうです。外科の病床が80ー90床ほど、それを数人の教授と10人ほどのスタッフ、あとは研修医で回しているそうです。手術数も多く、なんとP先生は3年間で300例ほどの肝切除を術者で行ったということでした。すごい数ですね。もちろん、生え抜きの若手の中には外国人フェローのP先生に手術が落ちることを面白く感じない先生もいたそうです。そんな時、教授はP先生の論文の山を若手に見せて、お前もこの半分でも論文を書いていたら発言する権利があるんだが、といって説得していたそうです。まさに論文は身を助く。特に言葉にハンデがあるような状況で、外国人が実力を認められるにはやはり手術の腕や研究業績、論文の数のようにわかりやすく実力を示す必要があるんだなと。(論文の数が実力を表すかという話はおいといて)加えて、教授に認めてもらうためのハードワーク。P先生は通常業務で朝から夜まで働いて、その合間を縫って論文を書いていたため、病院と自宅の往復以外でほとんど外にでたことがないと言っていました。食事を作る時間も惜しいから近くのレストランで外食するくらいだと。

 

ーP先生の医学生時代ー

しかし、いくら英語が堪能といっても、いきなり中国にいってガンガン論文を書けるようになったわけではないようです。聞いてみると、P先生、医学生時代から奨学金で学費を賄うため、研究室に出向いては論文を書かせてもらうという生活を送っていたそうです。もちろん、日本の医学生がしているような部活をしているような時間はなかったと。アメリカでの臨床も考えていたため、USMLEも医学生時代にStep2までとったと言っていました。医学生時代に。Step2まで。もうどれだけハードワーカーなんだろうこの人は。ただ、渡米した先輩達がことごとくポジションを得られず、ある先生は基礎の実験を4ー5年続けていて、ある先生はレストランのウェイターを、またある先生はタクシードライバーをしてマッチングの機会を伺っていると。皆、母国では医師免許を取得し、その合間にUSMLEを所得して渡米した志ある先生たちです。その先生達が数年不遇な状況を続け、母国にももどれず、米国でもポジションがなく、という極めて不安定な状態にいるのを見て、P先生はその道は諦めたと言っていました。

 

これは最近、日本でもたまに聞く言葉ですが、成功するためには適切なタイミングで適切な場所にいることがすごく重要なんだと、P先生もとても強調していました。P先生は米国に行く代わりに中国に行き、50本の論文という研究業績と、300例の執刀経験を得ました。そして日本にくるためのグラントも。もしこれが道を変更せず、米国に行っていたら、自分もタクシードライバーをしていたかもしれない。だから、自分の人生のステップを逆算して、身を置く場所は考えることはとても重要なことなんだと。

 

つまり成功の秘訣は、

 

適切なタイミングで適切な場所にいること

ハードワーク

論文

 

やっぱりこの3つか…

ということでスタックしている論文の執筆に戻ります。

最後にP先生からの一言。論文を書くのに“やる気”を出しているようじゃまだまだだよ。論文なんて空気を吸うように書いてなきゃ笑 だってさ。

 

 

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